●Vol:3

 小五、小六のときはけっこういろいろなおもしろい出会いがあった。岡田秀樹との出会いもそうだった。
  オレは女の子から人気があった。アオヤマンをやっておちゃらけていたというせいもあったけど、運動もけっこう得意だったということもプラスの要素だった。バスケとかが得意で、体育のときはけっこう目立ってたし、バック転なんかも出来たので、調子こいてやっていた。
  オレは顔は悪いほうではなかったが、クラスにはもっとかっこいい奴らがいた。だけど、オレはおちゃらけキャラクターと運動能力があったので、そいつらよりも女の子から人気があった。それを面白く思わなかったのか、そこのグループの奴らから軽くちょっかいを出されたこともあった。
  「なにやってんだよお前ら。」
  ヒデとの出会いだった。
  ヒデとはその前に何度かことばを交わしたことがあった。同級生なので、なんらかの接点はある。授業中のグループ分けのとき一緒になったり、掃除当番のときに軽くことばを交わした程度だ。
  そのヒデがオレが何人かに取り囲まれている現場を見て、そいつらに注意し、その場を解決したのだ。ヒデがオレの前に現れて、やんちゃなグループを蹴散らした瞬間、ヒデがヒーロー登場のように見えた。宇宙戦艦ヤマトのオープニングのテーマのような勇ましい曲がオレの頭の中に流れた。オレとヒデはその日を境に仲良くなった。
  ヒデはケンカが強く、男気があるヤツだった。オレがやんちゃグループに絡まれているところをよく助けてくれた。やんちゃグループもオレとヒデが仲いいことを知ると、あまりオレに近づかなくなった。
  ケンカが強くて男気があるというと、両親は元ヤンキーで、自動車整備工、左官屋、鳶、配管工などをイメージするかもしれないが、そうではない。腕っ節とは関係ない、ケンカ方面でいうとどちらかといえば弱っちい男をイメージする仕事に就いていた。父親は技術屋でどこかのメーカーでレーダー関連の機器の設計をしており、母親も大学で技術系を専攻しており、学生からの付き合いだという。オレはヒデのオヤジに何度かあったことがあるが、痩せていて、線が細く、眼鏡をかけてひ弱そうな男だった。髪の毛は長髪なのだが、頭丁が薄くなっており、若干かっぱを連想させた。声も細く、こちらが挨拶すると、目をそらして軽く頭を垂れそのままそそくさとどこかへ消えていってしまうというタイプだった。
  母親はナチュラリストの傾向があった。自然の石鹸とか、オーガニックの野菜とかを好んで食べ、ボランティア活動などにも積極的に参加するタイプだった。化粧っ気はなく、外に出るときは綿の全体につばのある帽子をいつもかぶっていた。声は甲高く、いつもゆっくりと甘い声で話していた。
  ヒデには姉と妹がいた。姉はヒデの二コ上で、若干不良がかっていて、結構エロっぽい、妹はヒデの二つ下でどちらかというと物静かなほうだ。ヒデとつるむようになってから少ししてわかったことだけど、どうやらあの親父、妻に暴力をふるっていたらしい。あんなひ弱そうな体からどうやって人を殴るのかと思われるのだが、ヒデに言わせると、キレるとかなりマッハなパンチを繰り出すらしい。殴る親父も親父なのだが、ヒデによると、お袋のほうにも問題があるらしい。ナチュラリストのお袋はなにかと親父の行動に小言をいい、それをしつこく、執拗に攻め立てるらしい。追い詰められた口下手で、内向的な親父はそこでぶちキレてしまうらしい。
  「哀れなひとたちだよ。」
  と、ヒデは時々冷めた口調で言った。

 ヒデとつるむようになってから、オレはいろいろなことを体験することが出来た。いろいろ悪いこともやった。と、言っても小学生なので、悪いといってもたかが知れている。軽く万引きしてみたり、自転車を盗んでみたり、近所の中学生をナンパしたりするぐらいだった。
  「あー、暇だよ。」
  というのがオレたちの口癖で、放課後は毎日近所でぶらぶらしていた。
  小六に入った春、オレたちは近くのスーパーからお菓子と飲み物を軽く調達してきて、近くの河原で飲み食いしていた。ぽかぽかとした陽気で、外にいて気持ちよかった。風が少し強かった。
  「おい、これ見ろよ。」
  ヒデが草むらからヨレた雑誌を拾い上げた。何の雑誌かはその時点ではわからなかったが、オレは本能的にドキドキした。
ヒデがページをめくった。
中には女の裸が描かれていた。
  「エロ漫じゃん。」
  オレは興奮して声を上げた。
  詳しい内容はよく覚えていないが、中身はとにかくエロかった。農村かなんかに若い短パン姿の女が自転車でやって来て、現地の中年男がその女のケツをみて、モコッと前を膨らます。そしてどういう成り行きでそうなったのかは忘れてしまったが、男が女を野外で攻めている。農村なだけに、ナスやらキュウリやらを女の膣の中に挿入しているというものだった。
  それからもう一つそのエロ本のストーリーでオレが覚えているのは、女(OLだったか教師だったかそこらへんは覚えていない)が便所で知り合いらしき男からかなり強引に迫られている。女は抵抗するが "必死"さがある抵抗ではなさそうだ。男は女の下着を脱がせ、女をまんぐり返しの格好をさた。漫画の絵は陰部がビチョビチョになった女の絵が描かれていた。男はその液体を指ですくい、「へへへっ、和子のおつゆの味は最高だな。」と、いいながら舐めていた。
  オレもヒデも見てドキドキしたが、女の小便を舐めてなにが面白いのかと不思議に思った。
  家に帰ってもオレはまだ興奮していた。今日あったことを母親や、姉貴にべらべらと喋りまくった。姉貴と母親は黙って夕飯を食っていた。
あの日以来あの河原でエロ本を見つけることはなかったが、オレたちはあの日のことがかなりインパクトがあったので、ついつい何かを期待して、河原に足が向いた。オレが河をぼうっと眺めていると、
  「オーッ、何あれ、すっげえまびぃーじゃん。」
と、ヒデがオレを小突いた。
  振り向くと、向こうのほうから制服を着た女の人が歩いてきた。
  ヒデ:「声かけようぜ。」
  オレ:「まじ、ちょっとケバくねぇ?」
  ヒ:「ケバくねぇよ。大丈夫だって。」
  というやり取りしている間に、彼女はオレたちのすぐそばまで来た。オレたちの小突き合いを見ていたのか、
  「あんたたち何やってんの?」
  と、むこうから声をかけてきた。
  オ:「いや、べつに。」
  モ:「べつにじゃねぇんだよ。小坊のくせになに昼真っから河原でぶらぶらしてんだよ。」
  オ:「すんません。」
  これがモッチーとの出会いだった。
  モッチー。もちろん本名ではない。本当の名前は望月キク。だが、キクという名前を持っている世の中の女の中で、おそらくモッチーが一番キクという名前が似合わない女だろう。モッチーはオレの二コ上で、出会った時は中二だった。今からしてみれば、中二なんて、まだまだ子供だけど、小学生にとっては中学生はもう大人の大きい人だった。モッチーは髪を染めたり、眉毛を細くして若干ヤンキーがかっていたので、オレたちにとっては余計に大人に見えた。オレが小学生のころは女の人はみんな眉毛が太かったので、眉毛が細かったモッチーの顔は何か新鮮だった。流行の最先端を行ってたのかな、モッチー。
  オレとヒデはモッチーになぜか気に入られ、河原でときどき遊んだ。遊ぶと言っても特になにをするわけでもなかった。ただ、河原にすわっておしゃべりをする程度のものだった。会話の内容はたいていエロ話だった。
  「ねえ、せいりって知ってる?」
っていう具合にモッチーから話を持ちかけられる。オレらは当然知らないので、
  「え、片付けとかそういうやつ?」
と、ボケではなく、ホントにすっとんきょんな答えをした。
  「そうじゃなくて、女の子のものよ。」
  「女の子?」と、オレは確認のためにヒデのほうを見ると、ヒデも首を振った。
  モッチー:「女の子はね、月に一回血が出るのよ。」
  オレ:「血?」
  モ:「そう、血、下から出るのよ。」
  オ:「下から?」
  ヒデ:「ケツから?」
  モ:「ケツじゃないよ。ちゃんとそれ用の穴があんのよ。」
  オ、ヒ:「あなぁー?」
  モ:「そっから赤ちゃんも出て来るんだよ。」
  オ:「うっそ、なにそれ。」
  モ:「なにそれって、そうなんだよ。どっから出てくるんだと思ったんだよ?」
  正直子供がどこから発生してくるのかなんてことを考えたことなどなかった。
  ヒ:「ケツの穴。」
  モ:「それじゃあ生まれてくるときウンコまみれで汚ねぇだろ。」
  ヒ:「あっ、そっか。」
  モ:「女の子には子供を生むための穴があるのよ。そっから月に一回血がでるのよ。それを生理っていうの。」
  オ:「へー。」
  ヒ:「でも、血ぃでたら困るじゃん、死んじゃうじゃん。」
  オ:「きゅうに血ぃでたらやばいじゃん。」
  モ:「大丈夫。そこまでたくさんでないし。それから出たらナプキンかタンポンでもれないようにするし。」
  オ:「ナプキン?」
  ヒ:「タンポン?」
  モ:「ナプキンはパンツの上にしいて血が出ても大丈夫なようにするの。赤ちゃんのオムツみたいなもの。タンポンは、脱脂綿みたいな棒を穴の中に突っ込んで止めるの。鼻血が出たときティッシュをねじって鼻の穴に突っ込むのと同じだよ。」
  モッチーはカバンの中から小さな巾着を取り出し、そこから何かを取り出した。
  モ:「これがナプキン。」
  ナプキンと言われたので、布かなんかを思い浮かべていたら、ビニール袋に入った四角い物体だった。手にとってみると、ビニール袋は普通のビニールと違うのか、柔らかく、ゴムのように滑らない感触だった。その物体は軽く、おさえると、スポンジのように弾力性があった。オレは触りながら、心臓がドキドキした。ヒデのほうを見ると、ヤツもドキドキしている目をしていた。
  それからというもの、「ナプキン」という言葉に敏感になった。「ナプキンでちゃんと口拭きなさい。」などと注意されると、あっちのナプキンの画像が頭に浮かび、おかしくてたまらなかった。それから、教室で女の子が巾着袋を持ってトイレに行くことが目に付くようになったし、プールの時間に休んでいる女の子を見ると、ヒデといっしょに「あいつ生理じゃん。」と言って喜んでいた。オレとヒデは調子こいて、教室の女の子に「今日ナプキンしてる?」などと訊いてからかった。
  ナプキンはいたるところに存在し、出現した。スーパーに行ってもあったし、テレビのコマーシャルにもよく登場する。そして、家にも置いてあることも発見した。ナプキンのおかげで、オレは何か啓蒙されたかのようだった。ナプキン自体はオレが生まれる前からこの世に存在していた。しかもオレのごく身近なところにだ。しかしオレの世界には存在していなかった。見えていなかった。オレが生きている世界はオレが認識している範囲内のもので、しかし、その外には他の世界が存在している。オレは自分の世界がいかに小さいものだったのかをナプキンの存在によって教えられた。
  モッチーとのエロ話はオレとヒデにとっての性教育の授業だった。モッチーはナプキンのほかにオレたちのかねてからの素朴な疑問に答えてくれた。
  オ:「ねえ、モッチー、女の子ってちんちんないのにどうやっておしっこ出すの?」
  モ:「ちゃんとおしっこが出る穴があるんだよ。」
  オ:「えっ、うそっ。」
  モ:「決まってんじゃん、どこから出ると思ってたんだよ。」
  ヒ:「ケツの穴。」
  モ:「そんなわけねぇだろ。ションベンのたんびにうんこしてられねぇだろ。」
  ヒ:「あ、そっか。」
  オ:「え、じゃあ、女っておしっこの穴と、生理の穴とケツの穴と三つもあんの?」
  モ:「そうだよ。」
  この事実もまた衝撃的だった。女にちんちんがないことは昔からわかっていたが、穴が三つもあることは全くの新事実だった。オレはその事実を知ってしばらくの間、女を見るたびに心の中で「穴三つ」とつぶやいた。
  オレもヒデもモッチーに惚れていたかといえば、それはわからない。惚れていたかもしれないし、そうでないかもしれない。エロ話はしたが、実際にモッチーとセックスしたいとまでは考えが及ばなかった。子供の製造の仕方はモッチーが教えてくれた。ちんちんを生理の穴に入れると出来るということらしい。だけど、その行為が快楽を伴うものだとか、男が射精するということまでは知らなかった。エロなことを想像すると勃起するというメカニズムさえそのころはまだわかってなかった。もちろん、勃起の体験はあった。だけどそれはランダムなものだった。小便をする前にズボンを下ろしたとき、ちんちんが膨らんで、そういう事実があるというふうに軽く認識していた程度だった。もちろん、ちんちんが膨らんだとき、気持ちいいという感覚もなかったので、エロを想像すると勃起し、気持ちが高ぶり、射精したくなり、射精をすると快楽を得られるという関連性を把握するまでには至ってなかった。そのころのオレの世界はエロに惑わされることがないある意味平穏な世界を生きていたと言える。
  その平穏な世界が少しずつ変化していく。変化をもたらせたのはまたしてもモッチーだった。小六の三学期、オレとヒデはまた例によって、川べりの土手でボーっと座っていた。スーパーで調達してきた菓子と、自動販売機の下で拾った百円玉何枚かで、ポッカのホット缶コーヒーとヤマザキの中華まんを買い、適当に時間を過ごしていた。
そこにまた、モッチー登場。
  オ:「あっ、モッチーだ。」
  ヒ:「こんちわーッス。」
  モ:「よう、小坊ども元気?」
  オ、ヒ:「元気っす。」
  モ:「なにそれ?」
  オ「肉まん。」
  モ:「うまそうじゃん、ちょうだいよ。」
  オ:「えっ?」
  オレはヒデのほうをチラッと見ると、ヤツはすでに肉まんをほぼ全部食い終わっていた。オレと目が合うと、ヤツは最後の一口をあわてて押し込んだ。オレは菓子を先に食べていたため、肉まんはまるまる手付かずだった。マジついてねぇ。オレは肉まんを楽しみにしていたのだ。
  モ:「まじ、いいじゃん。けちけちすんなよ。」
  オ:「やだ、モッチーにはあげないよ。」
  モ:「じゃあ、じゃんけん。」
  オ:「いやだよ。」
  モ:「いいだろ。男なら勝負しろよ。」
  オ:「わかったよ、うるさいなぁ。」
  オ、モ:「じゃんけん、ポン。」
  オ:「勝った。」
  モ:「三回勝負。」
  オ:「やだ、もう負けたじゃん。」
  モ:「いいじゃん。肉まんくれよ。」
  オ:「もうじゃんけん負けたじゃん。モッチーしつこいよ。」
  モッチーは黙り、少し間をおいた。
  モ:「じゃー、胸触らせてあげるから。」
  オ:「えっ?なにそれ。」
  モ:「胸触らせてあげるから肉まんちょうだいよ。」
  オ:「えー、いやだよ。」
  モ:「いいじゃん、じゃあ下も見せてあげるから。」
  ヒ:「お願いしまッス。」
  ヒデが急に割り込んで、俺の手から肉まんを奪った。
  オ:「なにすんだよ。」
  ヒ:「いいから。あとで肉まん買ってやるから。」
  ヒデは肉まんをモッチーにわたし、
  「じゃぁーっ、お願いします。」と言った。
  モッチーは肉まんを受け取ると、あたりを見渡し、立ち上がった。
  「こっちきな。」
  オレたちはモッチーの後をついて行った。モッチーは土手を下り、河原を歩き、橋げたの影のところで止まり、しゃがんだ。
  「いいよ。」
  「じゃあ。」と、ヒデは言ってモッチーの胸に手を当てた。
  「おーっ。」と、ヒデは声を上げた。
  オレはビビッて心臓がドキドキしていた。ヒデはしばらくモッチーの胸を揉んでいた。
  「じゃっ、こんどおまえの番。」
  と、言ってヒデはモッチーから離れた。オレは頭がカーッとなった。
  おそるおそる手を伸ばして、モッチーの制服の胸の辺りに触れ、そのまま手を押した。柔らかい弾力を感じた。オレは少し遠慮しがちにモッチーの胸に触れてると、
  「もっとちゃんと触りな。」
  と言って、モッチーがオレの手の上に手を掛け、なでたり、揉んだりした。モッチーの手の感触と、胸の感触を味わった。間近にいるモッチーの体温を感じた。においも感じた。いいにおいだった。
  「じゃ、モッチーこんどは下みしてよ。」
  ヒデの一言でオレの甘美な世界から、この世に引き戻された。
  「いいよ。」
  と、モッチーは言って立ち上がった。そして、パンツを下ろし、用を足すような格好でしゃがみ込んだ。
  「ほれ。」
  と、言って膝を広げた。その格好でモッチーは肉まんをほうばりだした。
先発探検隊役はヒデが買って出た。ヒデはモッチーのスカートの中を覗き込んだ。
  「うわー、すっげー。」
  ヒデは首をいろいろな角度に傾けながら、声を上げた。
  オレはドキドキしていた。さっきモッチーの胸を触った時点でオレはもう舞い上がっていた。こんな感覚は初めてだった。いままで、女の子の裸に興味がなかったわけではない。学校のプールの着替えで、女の子の陰部のワレ目には注目してた。ただ、それは本能的に見たいという感覚があったから、見ていただけであって、見たからドキドキするという感覚はなかった。だけど、今回のモッチーの場合は今までと違い、胸を高ぶらせるものがあった。
  オレはモッチーのスカートの中を覗き込んだ。
  暗くてあまり見えなかった。奥の方に何か黒いものが見えた。そんな程度だった。
  「すっげぇー。」
  オレはスカートから顔を出し、叫んだ。
  それを聞いてヒデももう一度覗き込み、「すげー」を連発した。オレも何度か覗き込み「すげー」を連呼したが、スカートの中にあったものは薄暗い闇だけだった。
その日以来モッチーとは遠くなってしまった。中学生になると部活やらなんやらで、忙しくなってしまったからだ。中二になるとオレは浦安から埼玉県の越谷に引越してしまったので、モッチーと会う可能性はますますなくなってしまった。十年近くたった後、浦安の昔の友達に会ったとき、モッチーは結婚したということを聞いた。相手は自動車整備関係の男らしい。用があって浦安を最近訪れたことがあった。母親と二人の小学生がこちらに向かって歩いてきた。モッチーだった。オレが声をかけようと思った瞬間、彼女は通り過ぎて行った。彼女はオレだということに全く気づかなかった。


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